ゆなの視点

30過ぎに戸籍の性別を女性に変更しました。そんな私の目から見た、いろんなことについてお話しできたらと思っています。

小説紹介Meredith Russo『If I Was Your Girl』

トランスの女の子が主人公のヤングアダルト小説!

Russoさんのとても評判の良い小説『If I Was Your Girl』をご紹介します。

If I Was Your Girl

If I Was Your Girl

この小説は、性別移行したての高校生の女の子が、新たな街と学校で暮らしだす物語。作者のRussoさんはご自身も公言されているトランス女性です。青春小説らしい甘酸っぱさや爽やかさと、当事者ならよくわかる苦しさやちょっとした「あるある」的な笑いが見事に同居した、「こんな小説を待っていました!」と喝采したくなる名作です。

本当に評判がいいらしく、Amazonの説明によると、以下の賞を取っているそうです。

  • Stonewall Book Award Winner
  • Walter Dean Myers Honor Book for Outstanding Children's Literature
  • iBooks YA Novel of the Year
  • A Publishers Weekly Best Book of the Year
  • A Kirkus Reviews Best Book of the Year
  • An Amazon Best Book of the Year
  • A Goodreads Choice Award Finalist
  • A Zoella Book Club Selection
  • A Barnes & Noble Best YA Book of the Year
  • A Bustle Best YA Book of the Year IndieNext Top 10
  • One of Flavorwire’s 50 Books Every Modern Teenager Should Read

と言っても、私にわかるのはBarnes & Nobleがアメリカによくある大型書店(紀伊國屋とかジュンク堂みたいな感じ)であることくらいで、ほかのはどういう賞なのかよくわかりませんが……。でも最後の、「現代のティーンエイジャーがこぞって読むべき本50」とかは、なんだかいいですね。そう、読むべき本です。ティーンエイジャーに限らず。

翻訳は出ていなくて、ちょっとアクセスしにくいのが困りどころ。私が翻訳をして持ち込みとかできないかなと出だしの翻訳に挑戦してみたりもしたのですが、仕事で忙しくてぜんぜん手がつけられておりません。

ともあれ、この小説の凄さやよさをご紹介しますので、英語で挑戦しようというかたはぜひ! そこまで難しい表現などはないので、英語小説にそんなに慣れていないひとでも読みやすいほうだと思います。

とても自然なトランスヒロイン

主人公のアマンダは、もともといた学校ではいじめられ、友達もおらず、とうとう自殺未遂を起こしてしまいます。そこで出会った医者に勇気を振り絞って、女の子として生きたいという話をして、そこから、トランスコミュニティに参加してはじめて本当の名前で呼んでもらったりするようになります。

そんなアマンダは、性別適合手術が受けられるようになるや、すぐに受けていて、もう物語開始時点では手術を終えているのですが、その後も学校には復帰できず、お母さんと二人で自宅で過ごしていました。けれどこのままではいけないと一念発起し、離婚して一人で暮らしているお父さんのもとへと引っ越し、トランスであることを隠し、ただの女の子として新しい環境、新しい学校で生きていこうとする。それがこの物語の始まりとなります。

アマンダは、パスになんの問題もない女の子として描かれています。それどころか、男の子からも女の子からも一目で気に入られる美少女とされている。

ほとんどファンタジーみたいな設定に思うかもしれませんが、この点についてはあとがきでRussoさんも説明していて、要するに普通の女の子としてのトランスの女の子という面を、シスのひとにも受け止めやすいようにと計算してのことらしいです。そう、この作品では、たまたま変わった体と変わった過去を持ってしまい、それを隠しながら暮らそうとする普通の女の子の姿がどこまでも描かれるのです。

パスに問題がないから、誰もアマンダのことを奇異の目で見たりはしない。けれどアマンダは自分のことを気にし続ける。そのギャップが、きっと当事者から見たらリアルに見えるはずです。アマンダの怯えは、私にもあるものでした。

一例を挙げると、仲良くなった写真好きの女の子に写真を撮られそうになって、すっと顔を背けるシーンがあったりします。どうでしょう? トランスのひと、特に女性にはちょっとピンと来たりしませんか? 

外見に注目されるとか、外見が形に残るとかが怖いんですよね。私もいまの姿にはだいぶん満足していますが、それでも写真に怯える気持ちはあって、なかなか自分でも撮らないし、ひとに撮られるときにもちょっとした覚悟が必要だったりします。

周りはアマンダをただの大人しい美少女としか思っていないから、余計にこのアマンダの怯え方、事情を知らない周りからするとなんでそうなるのかわからない反応が強調されて、その分だけトランスのリアルが浮き彫りになるようです。

あちこちに見え隠れするトランス「あるある」

アマンダの描写に加えて感動したのが、さすが当事者が書いただけあるというトランス「あるある」の数々でした。

細かなことだけれど、ボタンの左右がむかしといまとで変わってしまい、ボタンを閉めるのに手こずるとか、私も覚えがあります。それが描写されていて、アマンダがボタンに悪態をついたりする。些細な描写ですが、非当事者のつくった作品では、私は見たことのないもので、ついくすりと笑ってしまいました。

あと、笑えない「あるある」としては、埋没して暮らすことにこだわるあまり、かつては親しかったのにパス度が低いトランスのひととは一緒にいるのを躊躇うようになる(一緒にいるとバレてしまいそう)という話があったりもします。

そして、パス度が極めて高いヒロインにトランスコミュニティのひとが言う「あなたは遺伝子くじ(genetic lottery)に当たったんだから」みたいな言い回し。シス女性の友達に「ここが気に入った」と話したらぎょっとされたのですが、この外見がサバイバルに直接影響し、そして外見に影響する遺伝子に関して「勝ち負け」の感覚が拭難くあるというところ、こういうのもなんだか私にはとてもトランス女性らしさだと感じます。気になりますし、生まれつきパスするような外見や声のひとは羨ましいですものね。

人間関係の描写が絶妙

さて、この小説はもちろんトランス「あるある」を開陳するだけの内容ではなく、はっきりとした物語があります。新しい学校に行き出したアマンダが、そこで新しい友人や、はじめての恋人を得ることになり、自分がトランスだと知られたらという恐怖と、しかし(特に恋人には)どこかでそれを言うべきではないかという気持ちとに葛藤しながら、少しずつ自分の生き方を見出していくのです。

そのなかで、周りの人物のアマンダへの関わり方が、すごくうまく描かれています。友人や恋人に関しては、ぜひ小説で確認してみていただきたいのですが、ここで触れたいのはお父さん。

久しぶりに会ったら女の子として暮らし出していた我が子に、お父さんは戸惑い、はじめは周りのひとに娘の存在を知らせまいとしたり、アマンダのことをむかしの名前で呼んだりします。そんなお父さんが、時間をかけて、アマンダの理解者と庇護者へと成長していくさまも、この小説の筋のひとつとなっています。最初は「なんだこのおじさんは」と思うのですが、最後まで読むともはやこの小説でいちばん愛らしいキャラはお父さんではないかというくらいに好きになりますよ。

総じて言えば、特にアマンダのように完全にパスしている子の場合は、最初の印象や、それどころか仲良くなってからの関係や会話からすら、そのひとがトランスフォビアを秘めているかどうかはわからないということが絶妙に描かれていると言えます。

あと、この小説はキリスト教との関係もいろいろと語られていて、これに関しても面白いです。アマンダが引っ越した先は保守的な信仰が根強い地域で、友達の両親が乗る車にもホモフォビックなステッカーが平然と貼られたりしている。大都市だともう少し風当たりもマシなのだろうと思いますが、読んでいて居心地の良さそうな地域ではないんですよね。そんな街の雰囲気や、あとアマンダが教会に通えなくなってからも自分なりの神に祈る姿などが描かれていて、このあたりは私にはあまりわからないところではありますが、読んでいて興味深かったです。

青春の物語

と、主にトランス当事者として気に入った点を挙げましたが、単純に青春小説としてすごく良くできているんですよね。新しい友達との交流、これまで味わったことのないいろいろな経験、はじめての恋と、恋人との甘いやりとり、苦悩、そして苦悩を超えて自分自身の生き方を見出すこと。

ラストのアマンダの決意には、読んでいて涙さえ流れてきました。当事者にも非当事者にも読んでみてもらいたいです。

あと、あとがきでトランスの読者向け、シスの読者向けにいろいろと作品の狙いなどを解説していて、そこもとてもよかったです。ぜひ合わせて読んでみて欲しいです。