ゆなの視点

30過ぎに戸籍の性別を女性に変更しました。そんな私の目から見た、いろんなことについてお話しできたらと思っています。

プライド

トランスジェンダー・プライド」と言われても、ずっといまひとつピンと来ていなかった。

「私は望んでこんなふうに生まれたわけではない」、「こんな体であることに誇りなんて持ってはいない」……、そんなふうに思っていた。

「プライド? 誇れるひとはいいよね。でもこんなふうに生まれてきたくなかった私には、トランスジェンダーであることは誇りでもなんでもないんだよ」と胸のうちで語り、そうした考え方からは距離を取るようにしていた。「私はトランスジェンダーであることを誇るのでなく、シスジェンダーになりたいんだ」、と。

そんな物の見方をしていたとき、私はきっとシスジェンダー的な身体こそが「本物」であって、私の体は「偽物」で、だから偽物であるこの体を捨てて本物の体を得たい、と考えていたのだと思う。いや、間違いなくそうだった。だから「偽物」で、それゆえ「格下」の自分のありようを、いつだって否定的に見ていたし、そこにはプライドも何もなかった。

でもいつからだろう。性別移行がゆっくりと、けれども着実に進み、普通に暮らすうえでは自分がトランスジェンダーだと意識することも減って、ただただ自分は単なる女だと感じられるようになった。自然と、「トランスジェンダーとシスジェンダーにそんな大層な差があるのだろうか。私も周りの女性も、ほんの少し体や過去が違うだけで、ただそれだけのことではないか」と感じるようになった。

この普通の女性として暮らしているという感覚を抱けるようになることは、けれど「それなのに……」という怒りや苛立ち、憤りを感じ始めるのと並行していた。私も周りの女性もちょっと体や過去が違うだけでそこまで大した違いはない、それなのに私は就職活動で出身高校の名前を挙げることができない、それなのに職場でまるで犯罪でもしたかのように戸籍の情報を問い詰められる、それなのにネット上ではきょうも私のような存在を恐ろしい怪物のように語る言葉が溢れている、それなのに映画を見ても小説を読んでも私のような存在はいないことになっている、それなのに性被害を受けても安心して逃げ込める場所や相談できる場所が見つからない(ストーカーの相談を警察にしたら声だけを聞いて男性扱いされだ挙句にまともに聞いてもらえなかったこともあった)。それなのに、それなのに……。大した違いはないはずなのに……。

いくつもの「それなのに」が溜まって、次第に私は怒りを炸裂させるようになった。と言っても、もとが小心者で声を荒げることさえできない人間で、ツイッターやブログで語るようになっただけ。それでもそれは確かに怒りの表明だった。

トランスジェンダーだからって舐めるな!」、「トランスジェンダーだからっていないもの扱いするな!」、「トランスジェンダーだからって格下に思うな!」、「トランスジェンダーだからって怪物扱いするな!」……、「トランスジェンダーだからって」から始まるいくつもの怒りの声が私のなかにあった。そしてふと気づいたのだ。

「私は、トランスジェンダーであることが軽んじられる理由にはならない、トランスジェンダーの人々も等しく人間として尊重されるべきだ、と思っているのだ」、と。

この気づきとともに、私は私なりの仕方で「トランスジェンダー・プライド」を理解した。確かにいまてこんな余計な苦労を背負いたくはなかったと思う。シスジェンダー女性に生まれていたらよほどスムーズだっとろうとも思うし、シスジェンダー男性として生きていられたならいまよりどれだけ楽に暮らせただろうとも思う。私にはどうしようもなかった。私には自分の性別を変えられなかった。そしてこの世の中が私の体を男性のそれと分類する常識のもとで動いていた以上、トランスジェンダー女性として生きる以外に、道はなかった。それでも、「もしそうならずに済んだなら」とは想像する。それでも、「だからと言ってこんな扱いを受ける謂れはない」と、多くのことにはっきりとした怒りを感じるようになった。

望んでなったわけではない、けれどそれはそれとして、軽んじられて黙っている道理はないのだ、と。

私にとって、この気持ちこそがトランスジェンダー・プライドだ。「舐めるな」の気持ちが。私のことも、私以外のすべてのトランスジェンダーのことも。

これは私が女性であるということに抱える気持ちでもある。道端で性的な言葉とともに「値段交渉」をされたとき、知らない年上の男性からいきなりため口で、こちらは物を知らないという想定で何かの講釈をされたりしたとき、「女だからって舐めるな」と思う。

「舐めるな」が私のプライドだ。トランスジェンダーであることにも、女であることにも、いまははっきりとプライドを抱いている。私のことを、私以外のトランスジェンダーのことを、私以外の女性のことを、馬鹿にするなと、私は繰り返し憤る。

そして、「舐めるな」と思えなかったかつての自分を、自分こそが誰よりも自分を格下扱いしていたかつての自分を想う。いや、たぶんそのころの自分は、まだいまの私のなかにも残っているのだ。弱々しく卑屈で、怒るよりも悲しむことを選び、傷つき、自分で自分を傷つける、そんな自分。いまも残っているからこそ、私は彼女を守り、助けないといけない。本当はずっと助けを求めていた。どこで、誰を求めればいいのかもわからないまま。だから、私自身が彼女を救うのだ。このプライドを掲げて。

実際には大したこともできない身だが、それでも私はこんなプライドを抱いて、きょうも生き抜いている。

ボタン

洗濯物をたたみながら、ふとボタンのつけ外しに戸惑わなくなったことに気づく。服を着るときにも、脱いだそれを洗濯機に入れる前にも。

私は、女性のそれに見えない自分の体が、ずっと嫌いだった。そしてその体で女性服を着て「女装者」のような見かけになることを耐えがたく思っていた。ひとから気持ち悪く思われるのも怖かった。けれどそれ以上に、自分自身が嫌っていたのだ。自分自身が気持ち悪い存在になることを、自分で自分をそのように嫌悪することを恐れて、あらかじめその手前にとどまっていた。

性同一性障害の診断を受け、ホルモン治療を始めてもなお、男性服を着続けていた。なるだけフェミニンに見えるものを選び、ピアスやネックレスをつけ、「このくらいならメイクのうちに入らない」という言い訳でCCクリームで肌を整え眉毛を描いていた私は、実際には周りから性別不詳な存在として見られ、それが原因で不愉快な目に遭うことがあったにもかかわらず。

私はあくまで「たまたまフェミニンな姿をしている男性」というふうを装い続けた。それが自分を傷つけるとしても、それでも自分で自分の姿を嫌悪するよりはましだと思ったのだ。

女性服を初めて着たのは、七年ほど前だったか。そのあたりの、年末のことだ。もはや男性服で男性用トイレに行こうとしても清掃員に止められるような状況になり、そろそろ女性服を着ても大丈夫かもしれない、と思ったのだった。けれど服を店舗に買いに行く勇気はなかった。「私なんかが試着をしようとしたら店員に何と言われるだろう」という恐怖のために。自分で自分の体のサイズを測り、通販で服を注文した。何を買ったのだったか。たぶんワイドパンツとスカートを二着ほど、あとはゆったりとしたセーターだったか。

漫画などでは、初めてスカートを履いてほっとする、解放されるといった描写を見る気がするが、私が初めてそれを着たときの感情は、あえて言うなら恐怖だった。

「私は気持ち悪くないか?」

「私はこの世に存在していてよい外見か?」

「私は私を許せるだろうか?」

「それとも、私は私を見て『こんな見にくい人間は死んだほうがましだ』と思うだろうか?」

試着もせずに選んだ、しかもそうした恐怖心ゆえにどうしても地味なものばかりになってしまった服は、どうにもちぐはぐで、鏡に映る不安げな曇った顔のせいもあり、私の姿はどこか幽霊めいていた。

若いころから女性服を着る習慣があったのなら違ったのかもしれないが、二十代も終わり際になって初めて女性服を着た私の場合、体のすみずみにまで男性服を着るときの仕草が習慣として身についている。習慣は体の枠組みとなり、それがうまく機能しなくなったときのちぐはぐさのなかで、私たちは習慣を発見するというような話をしていた哲学者は誰だったか。あるいは作家か、それとも私の記憶が捏造した思想か。

ボタンを留めようとするとき、必ずといっていいほどに指先がもつれた。女性服のブラウスでは、服を着るときには左側についているボタンを右側の穴に通すことになる。その簡単な仕草を、私はスムーズにできなかった。指先が自然と、右側についたボタンを左側の穴に通すような動きをしようとし、本当に私がしたい動きに抗い、それを乗り越えようとする。

それは一個の慣性運動だった。

何度も苛立った。ボタンを留めるなどという簡単なことがスムーズにできなくなった自分に、男女で服のボタンの配置を変えるというばかげた文化に、そして何より指先に染みついた男性として暮らした日々の痕跡に。

性別移行は、あるとき男性として暮らしていたのが、翌朝女性として暮らし始めるというようなものではない。それは長いプロセスであって、もしかしたら厳密に言うと終わりのないプロセスなのかもしれない。体に染みついた男性としての生活の痕跡のうえに、意識的な動作を少しずつ書き加え、毎日それを続けるうちに、女性としての生活の歴史が習慣として体に蓄積される。それとともに、自分自身の体への見方が、自らのアイデンティティが少しずつ安定していく。私にとってはずっと続くそうした流れが、性別移行だ。

そうした日々の積み重ねとして、きょうふと気づく。私はもう、ボタンのつけ外しでもたつかない。指は意識することもなく自然に動く。おそらく逆にいま私が男性用のシャツを着たなら、指先はもたつくのだろう。私の体に刻み込まれた習慣が、少しずつ上書きされている。

いつからか、自分の体や外見を嫌わなくなったこととも、これは無関係ではないのだろう。ホルモン治療によって多少外見が変わったところもあるにせよ、整形手術のたぐいを性別適合手術を除いて何もしていない私の場合は、顔つきや体つきそのものが著しく変化したわけではないはずだ。それでも、私はもう自分が気持ち悪いとは思わない。生きていてはいけない存在だとも思わない。女の体や外見でないとも、もうまったく思わない。

変わったのはきっと、私の物の見方なのだ。私はたぶんこの年月のあいだに少しずつこわばりをほぐしていった。いろいろな体の、いろいろな外見の、いろいろな声の女がいていい。私は単にこういう体の、外見の女なのであって、別にほかのひとたちの体つきや外見に合わせなくたって、これですでに十分に女で、きっと美しいのだ。そしてほかのトランスジェンダーの女性たちも。たまたま変わった体を持っていたとしても、そのことは女であること、美しい存在であることを、損ないはしない。いまの私はそう感じることができる。

ボタンを留めながら、そのような境地にたどり着いた自分を、少し誇らしく思う。とともに、これからたどっていく道がどのようなものなのか、まだ見えてこないその先を、少し想像する。

小説紹介 藤野千夜『夏の約束』(講談社文庫)

「軽さ」の重さを味わう

1999年下半期の芥川賞を受賞した藤野千夜さんの代表作。確か中学生くらいの頃に読んだことがあったはずですが、当時はあまりピンと来ておらず、すっかり忘れてしまっておりました。けれど少し前に同じ藤野さんの『少年と少女のポルカ』を読んだこともあって、久々に開いてみました。

夏の約束 (講談社文庫)

夏の約束 (講談社文庫)

藤野千夜さんというと、公言されているトランス女性の作家ということでも有名で、90年代にデビューしたというのを考えると、かなり貴重な作家さんなのではないかと思います。『少年と少女のポルカ』でも、本作『夏の約束』でも、軽妙というか、いっそ呑気な語り口で、同性愛者やトランスの姿が描かれています。そして私はその「軽さ」ゆえの重さが、この作品の素晴らしさであると思っています。

あらすじ

同性愛者のマルオとその恋人のヒカル、共通の友人であるトランス女性のたま代、売れない小説家の菊ちゃん、たま代と菊ちゃんの友人のぞみ、そしてマルオと同じ建物に住んでいる岡野さんと、多彩な登場人物が過ごす日々を、主にマルオの視点から描く短編。タイトルの「夏の約束」とは、たま代が「夏になったらキャンプに行こう」と友人達を誘っていたというエピソードに由来していて、一見すると大きな事件も展開もないままに、約束のキャンプの日に近づく数日が語られる。

選評で多く語られている「軽さ」

この小説は、極めて平易な文体で書かれていて、しかもやけに淡々と、ないし飄々と進んでいくので、読んだ印象としても「妙に軽い」というのが多くの人にとって大きいのではないかと思います。実際、芥川賞受賞時の選評を読んでいると、そういう趣旨の評が、ポジティブなもの、ネガティブなものを含めて多いです。

  • 池澤夏樹さん「マルオとヒカルが同性愛者であることはこの軽さにどう関わるか。女の前で肩を張って男を演じる必要がないからマルオは飄々としているのか。それともさんざ迫害された果ての達観なのか。」「もう少し歯ごたえがほしいとも思ったが、受賞に反対はしない。」
  • 黒井千次さん「決して閉鎖的な同性愛者の世界が描かれるわけではない。むしろその周辺に、世間の約束事とは少しずつずれた場で生きる二十代の人間達が寄り集り、不思議に自由で伸びやかな生活空間を生み出している様が面白い。」
  • 三浦哲郎さん「一見、無造作に楽々と書かれたような平明な文章が、よく読んでみると注意深く選んだ言葉でしっかり編まれていて味わい深いのは、前作「恋の休日」の場合と同様である。」「私は、この作品にごく普通に生きている人間の体温を感じて心が安らぐのをおぼえた。」
  • 田久保英夫さん「相当な力量だが、しかし、こんなに平明な世界で、口あたりがよくていいのか、とも思えてくる。あるいはホモの人たち同士の、あるいは私たち外側の人間への、一脈ぎくっとするような毒気も出ていいはずではないか。」

(「ホモ」という言葉にぎょっとしますが、原文がこうなっているようなのでそのまま引用しています。)

  • 石原慎太郎さん「平凡な出来事の中で描いてホモを定着させることが新しい文学の所産とも一向に思わない。私にはただただ退屈でしかなかった。」

(こちらも「原文ママ」です)

  • 宮本輝さん 「一読するとあまりにも軽すぎて、これではいささか……と首をかしげそうになるのだが、このように軽妙に書ける技量の背後には、したたかな文章技術というツボを刺す長い鍼が、本人が意識するしないにかかわらず隠されているものだ。」

一方で「軽さ」、「自由」、「普通に生きている」といった言葉が肯定的に語られ、他方で「こんなに……口あたりがよくていいのか」、「平凡な出来事」、「退屈」、「あまりに軽すぎて、これはいささか」などと否定的に見える言葉が見つかりますが、共通しているのは、「平凡なことを軽く書いている」という印象であるのが見て取れるかと思います。

とても重い、この「軽さ」

ただ、私にはこの「軽さ」が非常に重いものなのであり、そこにこの作品の文学的意義が賭けられていると感じました。

実際、マルオ達の日常は決して「平凡」で「自由」などではなく、語られている出来事には辛く思えるものが多いのです。

ヒカルと手を繋いで歩いていると子供達にからかわれ、大人からも「勘弁してよ」と声をあげられる。会社ではトイレに「ホモ」と落書きされる。子供時代の思い出として同性愛者であるというだけで鶏小屋に閉じ込められて話や、献血を拒否された話が登場する。トランス女性であるたま代もまた、当人のいる前ではないとはいえ、「本当に女の人なのか」と問われ「カマくさい」と侮辱され、そしてあろうことか終盤で事故に遭って入院する際には「男性美容師」として報道され、男性棟に入れられてしまう。それ以外にも、菊ちゃんが語る障碍のある兄をいじめられ、助けられなかった記憶、のぞみや岡野さんが突きつけられる侮辱。

ある意味では、彼らの日常は「悲惨」なのだと、私は思います。だからこそ、田久保評、石原評、宮本評にあるような「妙に軽すぎる」というネガティブな反応が出るのではないでしょうか。田久保評に典型的ですが、「もっと何か溢れ出るものがあるのではないか」と感じるのは、ある面では自然なことに思います。

そしてだからこそ、こうした反応は、この作品の描き出したものを受け止め切れていないのではないか、とも思います。

というのも、「悲惨」かもしれないけれど、これは彼らにとって「日常」なのです。たとえ悲惨なものであっても、日常をずっと悲しんだり怒ったりし続けて暮らすというのは、私達には難しいことです。悲惨な日常でも、私達はそれに慣れるしかないし、その中で楽しさを見出したり、喜びを見出したりして暮らしています。

この独特の「軽さ」に似たものには、私にもいくらか覚えがあります。GD(ないしGID)当事者の集まりでは、もちろん悲しいムードで会話がなされることもあるのですが、性別移行のために故国に帰れなくなったという話が、移行途中で男性用トイレは入れば注意されるし女性用トイレは怖いしでなかなかトイレに行けず体を壊しそうになった話などが、意外と明るく楽しく語られたりします。「こんなこともあるよね」と。そんなとき、そういう話は、生活上の「あるある」話の一部としてあっけらかんと出てきたりします。

以前にきんきトランスミーティングというのに参加してみたときにも、明るく軽い雰囲気を感じました。話題になっているのはSNS上での激しい差別言説であったり、日常での困難であったり、であるにもかかわらず、です。(りぽたんさんがTwitterの有名なトランスヘイトアカウントのパロディをスライドに上げて、会場が大笑いしていたのも印象的でした。)

こういう「軽さ」は、当事者やそれに極めて近い人々特有のものではないかと思います。そこには、「重く受け止めすぎると潰れてしまう」という精神もあるでしょうし、「単に慣れている」というのもあるでしょうし、様々な心理や思惑があると思うのですが、大雑把にまとめるならその「軽さ」の理由は、そうした「悲惨さ」がすでに生活の一部として日常に溶け込んでいるからなのではないかと私は考えています。

私には、藤野さんの作品は、ゲイやトランス女性、シス女性といった、それぞれ何らかの点で構造的な不利益を日常的に被っている人々の視点を、そのままに示すものとなっているように見えます。評者達が「妙に軽すぎる」と感じるなら、それはその評者達の日常にはそうした「悲惨さ」が大してなく、それが「もっと何か重々しくなるべきなのでは」という違和感を生じさせているためではないでしょうか。

差別を被る人々にとって、それはたまに起こる大事件というよりも(むろん、殺される、殴られるなどの大事件も残念ながら起こるのですが)、常日頃から自分自身の日常を織り成している単なる風景なのであって、それをそのままに作品化して見せたことに、この作品の凄みがあるのだと、私は思います。

この点で、そうした文学的意義をまさに指摘していると思われている評が、当時唯一の女性の評者に見られるのは、興味深いことだと思います。以下は先程は挙げなかった、河野多恵子さんの評です。

「男性同性愛者たちのカップルや性転換者の交友をこだわりなく描いて、雰囲気に広がりがある。彼等は世間の差別的な視線とうまく折合いをつけている。」「しかし、差別的視線の弛みは、世間の寛大化や理解度の深まりの結果などではない。何事も相対化してしまう、今日の風潮の結果に外ならない。」

少し意味合いの取りにくいところもあるかもしれませんが、差別的な視線がこの作品の世界や雰囲気の要素となっていることが、適切に指摘されています。

「夏の約束」をどう読むか

もちろん読み方をお勧めするなどというのはあまりに思い上がったことで、私にそんな権限も権威も何もないのですが、けれどもし私がこの作品をうまく楽しむ方法が分からないという方に相談されたなら、こんな風に答えるだろうと思います。

ここに描かれている、あなたから見て悲惨に思える出来事を探してみて。その上で、これがこんな風に軽く語られるような世界で暮らすというのがどういう感じなのか想像してみて。もし想像もつかないとしたら、そんな想像もつかない日々を送っている人が世の中に沢山いるのだということに、思いを馳せてみて。

たま代はバーベキューに拘りますが、実はこの作品の登場人物達は誰一人バーベキューに関する良い思い出を語りません。世間から逸れてしまったこの人達には、たぶんこれまでバーベキューに馴染むということがなかったのでしょう。「だからバーベキューをしてみたい」という気持ちは、私には凄くよく分かるように感じます。それはたぶん、私が様々な学校行事などをやり直してみたい、普通に過ごして楽しい思い出にしてみたいと、ときにどうしようもなく感じてしまうのと同じ気持ちが、もう少し現実的に現れたものなのではないかと感じます。

そんな、あまりにもささやかなたま代の、そして(たま代に引き摺られる形とはいえ)その友人達の願いの顛末がどうなるのか、ぜひ、実際に読んでみていただきたいです。

すでに隣人である私からすでに隣人であるあなた達へ

差別的な言説の常として、トランス女性の「加害性」を語る人々の言葉には、私達の普段のリアルな姿が現れていないように見えます。

それはちょうど、映画『ジョジョラビット』で、ユダヤ人への偏見に凝り固まった主人公が、「ユダヤ人ってどんな人?」と聞かれて、得体の知れない悪魔のような人物の姿を語って聞かせるように。

でもたぶん、身近にトランス当事者がいない人が素朴に信じるかもしれないよりもはるかに、私達はもうあちらこちらに普通に存在しています。

もしかしたら、人によってはトランスと言えば限られたお店や空間にしか顔を出さない存在のように思うかもしれません。ですが、私は仕事のために新幹線で金沢まで行き、ついでに美術館を眺めて金沢おでんに舌鼓を打ったり、休日に本多劇場でお芝居を見たり、イメージフォーラムで映画を見たりしてきました。外に出かければ、お腹もすくし喉も乾く。私は個人経営の可愛らしいカフェが好きなので、そうしたお店を探してふらふらと歩き回ったりもしますし、それでも見つからなければスタバでティーラテを飲んだりしています。お酒が好きで、夜にはバーにもよく行きます。とは言っても、客同士の距離が近過ぎたりすると、知らない男の人に話しかけられたりすることもあるので(多くはありませんが)、静かな雰囲気で客同士の距離が保たれているお店に行くことが多いです。

仕事は、詳細は伏せますが、多くの人にとって「会ったこともない」というような仕事ではないと思います。パソコンを使うことが多く、肩こりに悩まされています。マッサージに行こうかと考えたりもしますが、それより運動で解消したほうがいいのかと、一時期は仕事終わりに市民プールに通っていました。一人で行くから話し相手もいないのですが、たまに更衣室で知らないおばあさんに「背が高いね」と話しかけられ「そうなんですよ。子供の頃によく寝過ぎて」などと返したりもしています。泳ぐのは得意ではありませんので、プールではしばらく水の中を歩いて、それから少しばかり泳ぎ慣れていない人向けのレーンで泳ぎます。息切れをしたら、後ろを泳いでいた人に先に行ってもらったりもするのですが、そんなときには知らないおじいさんに「若いんだからもっと頑張りなさい」と笑われたりします。

買い物にもよく行きます。背が高くてサイズが難しいのですが、最近はバナナ・リパブリックにちょうどいいサイズがある程度あることを知りました。もともともう少し派手な服を好んでいたので、これまでこのブランドはあまり意識していなかったのです。店員さんにコーディネートを相談しながら選びます。ついつい高すぎる身長を自虐的に語ってしまうのですが、大抵はフォローと共に、高い背を綺麗に見せる着方を提案してもらえます。

性別移行後、海外に行く機会はまだありません。本当はこの夏に行く予定だったのが、新型コロナ感染拡大の影響で、潰れてしまいました。

海外には出ていないものの、仕事の都合で、性別移行後でももうすでに四つの場所に住んでいます。そのそれぞれで、こうした生活を送っています。

長いあいだ近くに食事の出来るお店が少ない環境に住んでいたから、料理は得意ではないものの、スーパーに食材を買いに行って、自分で作る習慣は持っています。そこまで余裕のある暮らしでもないので、じっくり野菜売り場を眺め、比較的安い野菜を何点か選んだら、それを中心にして作れる料理を考えます。面倒なときにはお惣菜を買って帰って済ませます

遠出するときにはもちろん、大きな駅や空港を利用します。これを読むみなさんのなかで、品川駅や新大阪駅羽田空港、札幌空港などを利用することがある人はどれくらいいるでしょう? 私もそうした場所に行き、移動をしています。

待ち時間や電車の中では、空いていれば椅子に座ります。隣にいるのは、子供であることもあり、大人であることもあり、男性であることもあり、女性であることもあり、日本語を話す人であることもあれば、他の言葉を話す人であることもあります。

本が好きなので、出かければ必ずと言っていいほど本屋さんに行きます。ジュンク堂紀伊國屋ブックファースト。文学の棚を見て、社会学の棚を見て、哲学の棚を見て、芸術の棚を見て、締めくくりに文庫と漫画の棚を見るというのが、よくやるまわり方です。

病院には定期的に通わなければならず、私の場合は婦人科に行っています。特に待合室を分けられるでもなく、普通に待合室の座席に座っていて、隣に小さな子供を連れた人が座ったりしたら、子供の仕草を見遣りながら笑いかけたりしています。

そして、トイレが近い体質なので、出先でトイレに行くことも多いです。上に述べたような、それぞれの場所で。

「何の話を聞かされているのだろう?」と思うでしょうか? 「普通に暮らしてるだけじゃん」と思うでしょうか? それを、話したかったのです。私は、トランス当事者との交流がない人々が想像するかもしれないよりもきっと、はるかに普通に暮らしていて、普通にあちこちに出かけています。スーパーであなたの隣で玉ねぎを手に取っている人が、私かもしれません。

私一人でも、これだけ沢山の場所に、普通に出かけて、過ごしています。トランスの数は人口全体で見れば非常に僅かですが、それでも10人や20人ではありません。そのそれぞれが、異なるライフスタイルながら、でも確実に、それぞれの生活を送り、色々な場所に、色々な時間に、出かけています。

私が挙げた場所に出かけたことがある人はどのくらいいるでしょう? もしあなたが、本屋さんに行ったり映画館に行ったり電車に乗ったり飛行機に乗ったりする習慣のある人なら、あるときあなたのすぐ隣にいたのは私だったかもしれません。別のトランスの誰かだったかもしれません。「見ればトランスだとわかるから、それはない」と思ったでしょうか? でも、私達のそれぞれがこんな風にあちこちに出かけて暮らしているのだから、たぶん本当にすれ違ったことが全くないという人は想像以上に少ないのではないかと思います。ただ、すれ違っても気づいていないだけなのです。実際私は、電話でこそ低い声を気にされることがあるものの、生身で出かける場所では特に視線を向けられることもなく、普通に暮らしています。

「悪意を持った女装者と区別がつかない」と言われ、「ペニスを見せつけながら女風呂に押し入ろうとしている」のように戯画化され、「(シス)女性の安心のためにも、トランス用トイレを作ってそちらを使うべき」だとか「誰でもトイレを使い続けて欲しい」だとかと言われている人間は、そんな風に普通に暮らしていて、電車であなたの隣に座り、読書をしたりスマホを眺めたりしているかもしれない存在なのです。

もちろん、清水晶子先生が『思想』の掲載論文で指摘していたように、だからこそ恐ろしい、見分けがつかないからこそ不安になって、目に見えるマークがあると信じようとするという、そうしたものを抱えている人もいるのだろうと思います。そうした人々には、私がどれほど、「すでに隣にいるのだ」と言っても恐怖を解消することはできないでしょう。

でも、そうした恐怖を抱えてはいない人は、試しに今日一日ですれ違った人々のことを思い浮かべてください。買い物には行きましたか? 電車には乗りましたか? 散歩はしましたか? そのどれもが、私達も同じようにしていることです。だから、もしかしたら、あなたが買い物をしたり、電車に乗ったり、散歩をしたりするとき、すれ違った人のいずれかはトランスだったかもしれません。これまでの暮らしの中であなたがすれ違い、気に求めずに素通りした人々の中に、私達はすでにいます。

トランス女性への恐怖を語る人々が怖い存在として描く私達のことを、どうか具体的に知り、具体的に思い描いてみてください。それでもなお、その人に対して、その人が一番苦しんでいる身体的特徴を殊更に指摘して責め立て、今普通に過ごせている場所から追い立てて、「トイレに入ってこないで」などと言う気に、本当になるでしょうか? いえ、本当にそういう気でいる人が存在していることは、何年も何年もそうした言葉を見てきたから、よく知っています。でも、それ以外の人に聞いて欲しいと思っています。本当に、私達の体のことをあげつらい、今利用できている場所から追い立てるような言葉を発する人に罪悪感なく同意したり、そうした言葉にも「一理ある」などと言えるでしょうか? 道ですれ違う人々を眺めて、「そうした言葉によって傷つけられ、追い立てられるのは今目の前にいるこの人かもしれない」と想像しながら考えてもらえたら、と思います。

社会的に構成された名をそれでも名乗ること

私が自分の女性という性別にこだわり、さらにトランスでもあるということを語るとき、ときにリベラルな人々、とりわけ多いのはシスヘテロ男性に、「性差などは社会的に構成されたもので、実在物ではないのだから、それをあえて語る必要はないのではないか」と言われることがあります。

人種に関しても似た話があるのかもしれません。人種という概念に生物学的な根拠はないとよく語られますが、でもBlack Lives Matterのような運動は、blacknessをはっきりと語っていて、そのことを怪訝に思うリベラルな方がいるかもしれない。

他方で性別やシス/トランス区別、人種といったものを打ち出すのであれば、当人たちもそれらが生物学的な根拠を持つ実在物だと認めているのだ、と考える生物学的決定論者もいるかもしれません。

ほかのマイノリティグループに関して私が代弁することはできないし、トランスグループでさえ異なる考えの当事者はいくらでもいるだろうから、私が代表することはできないのですが、あくまで私個人の考えとして言うならば、あるカテゴリーが生物学的な根拠を持たず、単なる社会的構成物で、その意味では実在していなくても、それでも私たちの経験する現実を形作り、私たちのアイデンティティとなり、そして自身の権利を求める運動の旗印となるという意味では実在しているということは、矛盾なく言えることであるように思っています。

トランスに関して言うならば、少なくとも私の考えにおいては、シス/トランスの区別はこの社会の枠組みのなかで押し付けられたものに過ぎません。シス/トランス関係なしに、性別に関するアイデンティティはある。そして、シス/トランス関係なしに、体の形状や機能に関する偏見のもとで、出生時に医学的その他の権威によって勝手に性別を割り当てられる。そのなかでたまたまそこに齟齬が生じないため、すんなりと社会に溶け込んで、不都合なく暮らしていけているのがシスであり、本来のアイデンティティと偏見に基づく割り当てのあいだに齟齬をきたしているせいで、自身のアイデンティティに従って暮らせずに神経をすりつぶしてしまったり、自身のアイデンティティに従って暮らそうとしたら身体の形状や機能に関する偏見のゆえに不利益を被ってしまったりするのがトランスである、私の見たところ、これがシス/トランスをそれなりに統一的に記述するような見方ではないかと思います。

この見方のもとでは、身体の形状に関する偏見に基づいて性別が割り当てられるという社会実践があるがゆえにシスとトランスというカテゴリーが生じているわけですから、そうした実践がない社会ではそもそもシスもトランスもなくなるはずです。実際、「体がどんな形をしていて、声や外見がどうであろうが、性別が何であるかはわからない」ということが常識化している社会があったとしたら、そこではシスもトランスもないのではないでしょうか? この意味では、シス/トランス区別は生物学的基礎を持たない社会的構成物に過ぎず、実在はしていない、と言えます。

けれど、最近だと『ハリー・ポッター』シリーズの著者であるJ. K. ローリングなどが話題になりましたが、トランス差別に加担する人々は、その区別が社会的構成物に過ぎないとは決して認めません。「トランスの権利も尊重する」とは口では言いつつも、「本当ならシス/トランスの区別なんてなかったはずなのだ、そんな区別が無意味になるような、等しい扱いを目指していくべきなのだ」とは決して言いません。むしろ、「それでも『トランス女性』は『女性』ではなく、あくまで『トランス女性』であるべきだ」という趣旨の発言をすることが多いです。「そうは言っても『シス女性』と『トランス女性』には本質的な違いがある」、と。こうした思想はいわゆるterfに限ったものではなく、例えばトランス女性が交際相手の男性にカムアウトをしたら暴力を受けただとかといったことの背後にも横たわっています。シス/トランス間に本質的な違いがあると思うからこそ、トランスだとわかると怒るのでしょうから。もちろん同様のことは似た仕方でトランス女性だけでなくトランス男性に関しても、ノンバイナリーに関しても言えるでしょう。

そして、ここには循環構造があります。トランスというカテゴリーを生み出した社会実践は、ある日急に「体の形状をもとに性別を決めよう!」と取り決めがあって起きたことではありません。これ自体が、身体と性別のシス的な結びつきを「自然」と見なし、そうでない結びつきを不自然と見なす、上にあげたのと同様の思想から生じているものに見えます。そしてそうした実践がシス/トランスの線引きを強めるほど、上記の思想の持ち主たちは「やっぱり線引きがあるのだ」との思いを強めるでしょう。こうして、それ自体は人為的なものだったはずのシス/トランス区別が、容易には解消できない強固な社会的現実として作り上げられていくことになります。それは単なるフィクションともまた違って、「サンタなんて本当はいなかったんだ」で済むような話ではないのです。

さらにこうして生まれる構造ゆえに、ほかの事情が同じであれば、トランスはシスよりも恒常的に不利益を被るようになっています。よく言われるのはトイレや更衣室、プールなどの利用が困難になることですが、それ以外に重要なものとして、就職の困難もありますし、保険証に性別や戸籍名が記載されているために医療へのアクセスが困難になっている人もいるでしょう。また私の知人のトランス男性は、出身大学が女子大学であったがゆえに、きちんと卒業もしたし、在学中に留学もして多くのことを学んでいるにもかかわらず、就職活動では大学の名前を出せず、大学には行っていないふりをしていると語っていました。様々な不利益があります。

シス/トランスの区別はそれ自体としては社会的に構成されたものに過ぎませんが、社会的に構成されたものは単なるフィクションではなく、このように私たちの現実を形作る強固な構造として、ある種の実在性を持っています。ある意味では実在していないはずなのに、ある意味では実在している。それは例えば、ただの紙のはずなのに私たちの現実の一部となっている紙幣や、ただのインクのシミのはずなのに私たちの現実の一部となっている文字などと似たようなものです。違うのは、紙やインクのシミを分類したところでそうしたものたちは特に利益も不利益も被らず、紙幣となろうが雑紙となろうが本人(本紙)は気にしないでしょうが、シス/トランス区別は人間に関する区別であるがゆえに、その区別で被る不利益を当事者は意識せざるを得ないという点です。

このようにシス/トランス区別の構成によって構造的に不利益を被る立場に置かれた以上、この差別の問題を語り、構造の変革を求めるためには、シス/トランスの区別を語り、それによって形作られる私たちの現実を語らざるを得ません。そしてそうした現実を嫌というほど意識している以上は、トランスとしてのアイデンティティを好むと好まざるとにかかわらず自覚して行動せざるを得ません。その結果として、私たちは生物学的な基礎を持たないという意味では実在していないはずのトランスというカテゴリーを、現実を形作る強固な枠組みという意味では実在しているカテゴリーとして語り、自らそれを名乗ることになります。

同様のことは、男女の区別に関しても言えるでしょう。それらは社会的な実践によって作り上げられている枠組みであったとしても、それが現に強固な現実としてこの社会の構造を与えていて、しかも女性のほうが主に不利益を被っているとしたら、女はどうしても女としての自身を自覚せざるを得ないし、この構造のおかしさを語るためには女を名乗らざるを得ない。

そしてどちらでも同様に、差別者の側は、「ほら、自分でも区別を認めているではないか」と言ったり、「やっぱりそこに区別はあるのだから、同じ扱いなんてできるはずはない」と言ったりしてきます。

曖昧さをなくしていくのが大事かもしれないと感じます。はっきり言いましょう。社会における位置の差はある、社会から離れた本質的な違いはない。位置の差を訴え、その解消を求めるときには、位置の差に依拠した語り方をせざるを得ないけれど、そのことは本質的な差の存在を証立てるものではない。

言い換えるなら、差別をめぐる争いは、ある区別を本質的な区別と見做し、「だから扱いに差があるのは仕方ない」と言う者に対し、その区別を本質的ではないにもかかわらず社会において効力を持ってしまったものと見て「その区別を再生産する社会構造を改めよ」と言う者が抗っているというように、私には見えます。

ローリングはブログで長々と何かを書いたようです。ですが以上のことを考えると、彼女が本当に差別者でないなら言うべきことは、「シスとトランスに本質的な違いはなく、本来は同列であるはずだ。しかし、現時点の社会はシスとトランスの区別に重きを置き、後者に不利益を強いるものとなっている。この社会構造を改めて、いつかシス/トランスの区別が意味をなさず、シス女性もトランス女性も単に「女性」と呼ばれ、シス男性もトランス男性も単に「男性」と呼ばれ、ノンバイナリーがバイナリーな性別と同列になる世の中を目指そうではないか」であるはずです。そうでなく、「尊重するけれど、しかし……」とシスとトランスの本質的な区別を語るなら、それはトランスにとって不利になる社会構造を保存しようとする側、すなわち差別者側にならざるを得ません。

ほかの人々も同様である、と私は考えます。私がトランスを名乗らないとならないのは、トランスというカテゴリーが生物学的に妥当なものだからではありません。この社会がシス/トランス軸を現実の構成物としてしまい、それに根差す不利益を押し付けてくるから、私は名乗っている、名乗らされているのです。差別者の中にはときに「トランスジェンダーなんて意味がわからない」というようなことを言う人もいます。私もそんなカテゴリーが意味がわからなくなる社会になってくれればいいと思います。けれどそのように言う人たちがそれで意味しているのはきっと「シスだけが理解可能でトランスは理解不可能」ということであり、私が望む「シスもトランスも扱いが変わらない」ということではありません。シス/トランスの区別は前提とされたうえで、単に私たちが存在しないようなものと扱われているだけです。シスとトランスの強固な線引きを維持し、そもそもシス/トランス区別なんて意味をなさない社会にならない限り、私はトランスを名乗るし、名乗るしかないし、名乗らされ続けるのです。

小説紹介 遍柳一『平浦ファミリズム』(ガガガ文庫)

今まで見たことのない「リアルじゃない」トランス女性

久しぶりに、小説の紹介をさせてください。

ご紹介したいのは、これ。

平浦ファミリズム (ガガガ文庫)

平浦ファミリズム (ガガガ文庫)

遍柳一さんの『平浦ファミリズム』です。

ガガガ文庫というライトノベルレーベルから出ている小説で、2016年の小学館ライトノベル大賞というので、ガガガ大賞という賞を受賞したそうです。あまり詳しく知らないのですが、どうもこのガガガ大賞というのは「受賞作なし」となる年が多いそうで、現在のところいちばん最近の受賞作とのこと。

この小説では、主人公のお姉ちゃんとしてトランス女性のキャラクターが出てくるのですが、これがすごくすごく新しかった! なぜいままで耳にしたことがなかったのか不思議です。

あらすじ

『平浦ファミリズム』は、その名の通り平浦家という家族の物語です。「ファミリズム」という言葉は、造語かと思っていたのですが、いま調べてみたら実際にある言葉だそうです。いずれにせよ、その意味するところは「家族中心主義」とでもいった思想ですね。

平浦家は、一家の支柱であった母を失い、それでも不器用ながらそれぞれが自分のできることをし、互いを支えながら、いわば不安定な安定性のもとで暮らしています。主人公一慶は、高校生でありながら母から教わったプログラミング技術を駆使して稼ぎを得ていて、高校には面白さを感じておらず、さぼりがち。それ以外に父、姉、妹がいるのですが、父は社会でやっていくのが苦手で、アルバイトでどうにか収入を得ている状態。妹は、家族以外の人間と話すと体調不良に陥るという状況で、学校には行かずに自宅で閉じこもって暮らしています。このふたりは、社会ではうまくやっていけないけれど家族にもそれ以外の周りのひとにもものすごく優しく、思いやりのある魅力的な人物として描かれています。

で、やはりトランス当事者として気になるのは、お姉ちゃんなのですが、このひとは高校を中退してキャバクラで働いているという設定になっています。

この小説では、そんな家族が、家族だけが大事だと考える主人公が、それでもお節介を焼く学校の人々と交流し、また家族同士で支え合いながら、さまざまな事件を通じて、少しずつ社会との関係を変化させていく姿が描かれています。詳しい内容はぜひ実際に読んでみてほしいのですが、家族を守ろうとする主人公の姿と、だからこそその姿に胸を痛める家族たちという構図が切なく、面白い作品です。

けんかっ早いトランス女性のお姉ちゃん

この作品のお姉ちゃんの描き方で驚いたのは、それが「リアル」でないことでした。お姉ちゃんは極めて美人で腕っぷしが強い人物として描かれていて、要するに、「漫画っぽい」んですよね。そして、それが私には革命的な素晴らしさに思えました。

トランス女性を描くというとき、むかしの漫画などでは、「オネエ」、「オカマ」的に偏見に満ちた描き方をされることが多かったように思います。というか、いまでもいくらでもありますよね、そういうの。そうした作品は、そもそもトランス女性を描いているとは感じられず、私は基本的に共感や投影をせずに読むことになります。ネガティブな偏見に限らず、少女漫画などでたまにある、冷静で俯瞰的な視点から主人公にアドバイスをしてくれる、妖精か仙人のようなトランス女性キャラも同様で、ああいうのは悪い意味でのファンタジーであり、そもそもトランス女性キャラになり切っていないように、私は感じます。

これに対し、最近ではトランスの人物をリアルに描こうという傾向が強まってきているように思います。以前に紹介した渡辺ペコさんの『ボーダー』は、不満はあるもののそうしたもののひとつかと思います。映画の例を挙げると、『Girl』や『タンジェリン』、国内では『彼らが本気で編むときは、』など、実際のトランス女性が感じているようなことを反映させたキャラクターづくりが少しずつ増えているように感じます。こうした作品には、共感も投影も大いにする。のですが、ただこうした作品の場合、「リアル」すぎて、そこで描かれている人物は「投影しつつあこがれる」だとか、「投影しつつ活躍に胸を躍らせる」といった手合いの楽しみ方がしやすいものではありませんでした。

でも、どうでしょう? 例えばシス女性を描く作品であれば、そういうのがいくらでもあると思いませんか? 投影できる程度にリアルでありながら、実際の読者自身にはできないような活躍をしたりする人物、そんなものは映画を見ても小説を読んでも漫画を読んでも、いくらでもいるのではないでしょうか? 私が見たり読んだりする範囲では、そういうトランス女性キャラは極端に少なく感じます。(ひょっとしたら、トランス男性はなおさらかもしれません)

投影できる程度のリアリティと、あこがれられる程度のアンリアリティを併せ持つ描写、これがトランス女性にはほとんど見つからないように、私は思っていました。

『平浦ファミリズム』が達成したのは、まさにこれでした。

まずこのお姉ちゃんは、「オカマ」や「オネエ」的には描かれていません。主人公から見てしっかりとした年上の女性として描かれている。けれど、あちこちの言動や思い出に、当事者のひとりである私にも共感できるような点がしっかりと詰め込まれています。性別移行をしたいのに言い出せない時期に言っていたこと、カムアウト後の父親の振る舞いへの反応、そうしたあたりで「私もきっとこのように感じ、このように言っただろう」としっかりと思える。こうした点で、『平浦ファミリズム』は、リアルなトランス女性の描写を成し遂げていました。

その一方で、美人で腕っぷしが強く頼りになるお姉さん、このきわめてフィクション的な人物像は、少なくとも私にはまるで当てはまりません。けれどこのアンリアリティは、先述のリアリティを梃にして私がこの人物に自己投影できるがゆえに、「こんなふうになれたら楽しそう」といった憧れにもなりますし、またそうした人物が私でも直面し得る/し得た困難を解決していく姿に熱さをも感じさせてくれるものとなっていました。

「気持ちよくあこがれられるフィクションの人物を知りたい!」と、もし思っているトランス女性がいたら、『平浦ファミリズム』はそのひとつの候補になるかもしれません。

これからのトランス女性描写は

繰り返しますが、そんなフィクションの人物は、いろいろな面でマジョリティである人々であれば子供のころから容易に見つかるのだろうと思うのですが、私には驚くほど新鮮なものでした。

でも、もしかしたらこういう作品は少しずつ増えていくのかもしれないですね。去年のニュースで、マーベルがトランス女性を主人公とした映画を撮る予定を公表したというのがありました。また、Altersというアメリカのコミックでは、ひとりの若いトランス女性が超能力に目覚め、自分のアイデンティティと超能力というふたつの秘密を抱えながら活躍するという物語が展開されています。まだ読めていないので描写の良しあしはわかりませんが、The House on Half Moon Streetという小説は、ヴィクトリア朝時代のトランス男性が主人公のミステリだそうです。

私たちはこれまで、フィクションの世界のなかにほとんどいなくて、ロマンティックな大恋愛をすることも、魔法の世界を冒険することも、難事件に巻き込まれることも、近未来の世界を生きることもありませんでした。でも、これからは少しずつ、そうした物語が生まれるのかもしれない、生まれてほしい、と思います。現実とは異なるたくさんの世界にも私たちに似た人物がいて、現実にはないような活躍をしている、そんな当たり前なフィクション経験が、いつか私たちにも当たり前になりますように。

「みんな」になれない「私たち」、あるいは私

新型コロナウィルスの感染拡大から、いろいろなことが起こっている。少なからぬ人々が在宅勤務へと業務形態を変え(もちろんそうできない職種のひともいるが)、必要なものを買いに出るときにはマスクを欠かさず、そして新たな感染者の数の推移を見守ったり、政府からの発表を確認したり、そして声をあげたりしている。

みんなで、一丸となって。「いまこそみんなで手を取り合ってこの困難を乗り越えるときだ」というような声も聞こえる。

多くのひとにとっての、「みんな」になることへの、この容易さに、私は戸惑っている。


もううろ覚えなのだが、ベルナール・スティグレールという哲学者が、「私」と「私たち」と「みんな」について考察している本があった。『愛すること――「自分」を、そして、「われわれ」を』という邦題の本で、そこではグローバル資本主義の拡大のなかで失われていく「自分自身への愛」が語られていたように記憶している。(私の記憶が正しければ、だが)スティグレールの考えでは、「私」というものは「私たち」という集団抜きには成り立ち得ない。例えば「〇〇という会社の一員としての私たち」、「〇〇というバーの常連としての私たち」などなどのように、ひとは同時に複数の「私たち」に属しているのだが、そうした複数の「私たち」の重なり合いとそれらのあいだの差異において「私」は立ち現れるのであって、そうしたもの抜きに「私」というものが自律的に存立しているわけではない、というのだ。スティグレールの問題意識は、そうしたたくさんの「私たち」がかき消され、ただひとつの「みんな」に回収されていくという現状に向けられていた。

「私たち」という集まりは、地図とカレンダーの共有によって、その個別性を獲得する。「〇〇という会社の一員としての私たち」は、特定の時間にある所在地に集まり、特定のスケジュールに沿って行動することによって、別の地図とカレンダーを持つ集団とは区別された、固有の「私たち」になる。しかしグローバル化のなかで、国境さえまたいで多くの人々が地図やカレンダーを共有する事態が生じている。スティグレールはワールドカップのことを挙げていたように記憶しているが、従来のミニコミュニティ的な「私たち」と違い、世界規模で同じサッカーの試合を同じ時間に見ようとしたり、それに合わせて行動を形成したり、ということを人々はするようになっている。その結果、「みんな」という大規模な集団が生起し、複数の「私たち」のあいだの差異が消失して、それゆえ「私たち」の個別性は失われ(要するに「私たち」は立ち行かなくなり)、複数の「私たち」の重なりと差異のあいだに現れる「私」も失われていく。しかし「私」への愛は、それを成り立たせる「私たち」への愛からしか生まれ得ないのだから、「みんな」の時代において「私」を愛することは困難になり、それが一部の(大義を伴わないたぐいの)テロリズムなどを生み出すに至っているのではないか。おおよそ、そのような話をしていたように思う。


コロナの時代の人々は、あっという間に、はるかにもっとラディカルに、「みんな」を指向するようになった、と思う。スティグレールが問題意識を持とうとも、それでもミニコミュニティ的な「私たち」は生き延びていたように思うのだが、そうしたものも次々と場所を失い、予定を失い、共有すべき地図とカレンダーを喪失していっているように見える。グローバル資本主義がグローバルに共有される地図とカレンダーを効率的に提供することで様々な「私たち」の地図やカレンダーを委縮させていったのとは全く別の、偶然的で、ほとんど物理的ともいえる形で、暴力的な仕方で、「私たち」の地図やカレンダーはかき消されていく。いま残されているのはオンラインの場所と時間であり、そしてそこは新型コロナウィルスへの対策という観点から、画一的に統制され始めているように見える。もっとも、たまたまそういう面しか、私には見えていないというだけかもしれないが。

そうした状況を眺めていて感じるのは、多くのひとは「みんな」であることに、そこまで違和感も持っていなければ、それによって自分への愛が成り立たなくなるわけでもなさそうに見えるということだ。ごくごく自然に、「みんな」を名乗り、「みんな」へ呼びかけているように思える。……私には難しい仕方で。


「みんな」になるのも、それどころか「私たち」になるのも、私にはいつだって困難だった。

幼稚園のときに、すでにあまりに生きていくことが苦痛で、吐き気や腹痛を覚えるようになり、頻繁に登園拒否をするようになっていた人間だ。小学校も中学校も高校も大学もその調子で、まともに所属することは出来なかった。そのほかの「私たち」にもうまく馴染めなかった。多くのひとには自然と混じれるのであろう、同性たちの「私たち」にも、私は30歳ごろまで、いやもしかしたらいまだって、うまく入れずにいた。幼稚園のときに、男の子たちが「俺、生まれ変わっても絶対に男になる。女になんて生まれたくない」などと笑っていたことを覚えている。私がたぶん、人生で初めてはっきりとした絶望を感じたときだった。その後も、「なよなよしている」というので、男の子たちからはことあるごとにからかわれ、いじめられてきた。いや、少なからず女の子も、その調子だった。

性別移行によって「女になる」というような言い方もある。けれど私の感覚としては、女性として生きていて実感するのはむしろ、世の中の女性の多くが「女性と言えばシス女性」ということを暗黙の前提として(というより、それを疑ったことさえなく)暮らしているということだ。女性たちの空間の多くは、だから私には居心地が悪く、そして例えば性差別などに関連する文脈で、女性たちのことを指して「私たち」と、私も言うことがあるが、そのときには自然とそう言っているのではなく、何とも言えない怖さ、そのように言うことで誰かから「いや、あなたは『私たち』のひとりではない」と指さされるのではないかという感覚を覚えながら、あえて、頑張ってそのように言っているのだ。

もちろん、私に「私たち」が欠けていたわけではない。私も家族の一員であったりはしたし、ごくごく少人数ながら、友人グループというのもいたし、少なくともいまは仕事もしていて、その関連での「私たち」はある。ただ、性別で規定された「私たち」のいずれにも属せなかった私は、そのいずれかに属していることがほぼ自明視されているような多くの「私たち」からもあぶれてしまい、結果的に備えている「私たち」が極端に少なく、途切れ途切れになっているということは言えそうに思う。そして、明らかに、私は「私」を愛することなく生きてきた。というより、まさにスティグレールが言っていたように、そもそも愛すべき「私」を持っていなかった。それはグローバル資本主義のゆえに失われたのではなく、そもそもこの社会に「私」が形成される場所はなかったのだと思う。


私にとって、だから、「私」を愛することは、自分は女であるが、それだけでなくて、やはりあくまでトランス女性なのだという自覚と裏表になっていた。トランス女性のあいだにも多様性があるということは承知のうえで、それでも私が「私たち」とそれなりに自然に言えるのは、トランス女性たちのことを指す場合だ。そしてその「私たち」に属しているとはっきり感じるようになったことによって、ほかの「私たち」への所属も整理されだしたように思う。先に述べた恐怖はいまだに持ちながらも、そうはいっても私は女性たちの「私たち」の一部なのだ、ともいまでは思うし、様々なコミュニティにおいて求められる「女性」のスタンダードに合わずとも、「そういう女なんだから仕方がない。それでも私はこの『私たち』の一員だ」と思えるようになった。いまの私は、「私」を愛していると感じるし、たまに深く落ち込むことはあっても、「私」がそもそも存在しないという感覚は、もう克服しているように思う。少なくとも、小学校のころから30歳ごろまで常に付きまとっていた希死念慮は、最近は姿を消している(トランスには珍しくないことだと思うが、私は小学生のころに漫画などを通じて「自殺」という概念を理解して間もなく、「自分はいずれこれをするのだろう」と考えて遺書を書いてみたりしていた)。

私にとっては、「私たち」を獲得し、そして「私」を獲得するのは、長く困難な道のりだった。


そしていま、このコロナの時代において、私は「私たち」を解体できず、「みんな」になれない自分を感じている。多くのひとが、「それぞれいろいろな事情はあるだろうけれど、いまはみんなで一丸となって頑張らないと」という発想を、自然と受け入れているように、私には見える。そして「みんな」でどうすべきかを考えているようだ。人々の「みんな」化は強烈で、遠隔授業が可能になったり、さまざまな会議をオンラインで、場合によってはアバターで実際の姿を隠したりもして開催できるようになったりしているらしい。私が絶えない苦痛のゆえに学校に行けなくなったときに、遠隔授業で単位を認めてもらうことが出来たなら、膨大な補習を授業内容自体は理解しているのに受けなければならなくなるなんてことはなかっただろうに、会議や面接のオンライン化や、(そこまでフォーマルな場面ではないときには)アバターの使用が前から認められていたなら、面接に行った先でトイレの利用などについて苦慮したり、まだ移行し切れていなかったころの自分の姿を我慢して人前にさらすといったことをせずに、働くことが出来たはずなのに、といった気持ちがむくむくと湧き上がる。私はずっとこれまでの社会の仕組みが不便だと思っていたし、それを機会があれば言うようにしていて、それでもぜんぜん変わりそうになかったものが、こんなにあっさり変わるのか、と、はっきり言えばこれは社会が変わり得ることへの肯定的な気持ちというよりは、社会を動かしているのは自分ではない「誰かたち」だという否定的な気持ちだ。だからこそ、それゆえに、私はこの「みんな」に私は属せていないと感じる。みんなが「みんな」になって盛り上がっているのを、私は外からぽつんと見ている、というように。


思えば、スティグレールの「私」と「私たち」と「みんな」をめぐる話には、マジョリティとマイノリティの対比が欠けていたのかもしれない。いろいろな「私たち」のなかには、とりわけ「みんな」に接近しやすいものと、そうでないものがいるのではないか。「みんな」に包摂しやすい「私たち」ばかりに属しているひとは、気軽に、シームレスに、「私」と「私たち」と「みんな」を移行しているように見える。ひとによっては、スティグレールの懸念に反し、「みんな」を新たな「私たち」と見なして、「みんな」である「私」をますます愛しているようにさえ見える。けれど、私にはもともと自然と入り込める「私たち」が少なかったし、そしてトランス女性としての「私たち」に属することでいろいろな「私たち」に所属できるようになったとはいえ、今度はこのトランス女性としての「私たち」は「みんな」とのあいだに壁を持っているようなたぐいの「私たち」であるように、「みんな」が動き出したときに零れ落ちる「私たち」であるように感じている。

シームレスに「みんな」になれる人々のあいだにも、それを肯定できるひともいれば、それに「私」の喪失を感じて苦痛を覚えるひともいるのだろうが、そもそも「みんな」になれない私は、「私たち」はそのもっと手前で足踏みをしているようなものだ。これまでもずっとそうだった、といえば、そうだ。私は、たいていのひとの遥かに手前で、いつだって立ち止まり、進みあぐねている。