ゆなの視点

30過ぎに戸籍の性別を女性に変更しました。そんな私の目から見た、いろんなことについてお話しできたらと思っています。

漫画紹介 たかせうみ『カノジョになりたい君と僕』

女の子として生きたい子とそんな彼女に恋をする女の子

たかせうみさんの漫画『カノジョになりたい君と僕』は、GAMMA! というサイトで連載されているウェブ漫画。まだ連載中です。
https://ganma.jp/kanoboku

現在書籍版も二巻まで発売されています。

カノジョになりたい君と僕 1 (1) (アース・スターコミックス)

カノジョになりたい君と僕 1 (1) (アース・スターコミックス)

ネタバレも含みますので、気になるかたはまず読んでみてからご覧ください。

この漫画では、主にアキラちゃんとヒメちゃんという二人の人物を中心とした物語が展開されています。

アキラちゃんはずっと男の子として育てられ、暮らしてきましたが、本当はずっと女の子として生きたいと思っていました。その気持ちを最初に打ち明けた相手が幼馴染のヒメちゃん。これまではヒメちゃんの前でだけ女の子として暮らしていましたが、高校に入学するのを境に、女子用の学生服を着て、女子生徒として登校しようとします。その一方でヒメちゃんは昔からアキラちゃんに恋心を抱いていて、けれどその気持ちとアキラちゃんを女の子として認識するということとのあいだに矛盾を感じて葛藤しているのでした。

パスしない外見のトランスヒロイン

アキラちゃんは、漫画で見ているとほんわかした絵柄もあって、とっても可愛くて素敵な女の子なんです。ですが、背は高く、親に髪を伸ばすことを許されないために髪も短く、骨格もけっこうしっかりしたかたちで描かれている。作中でも、だいたい見るひとにトランスであることがバレていて、学校側は事情を聞いて配慮しているものの、生徒のあいだでは噂になっていたりするし、からかわれたりもします。

その様子がとても現実味があって、だからこそそんなアキラちゃんを支えようとする周りの友達たちと、そうした友達に向けるアキラちゃんの愛がとても優しく感じられます。

転校初日に心ない言葉をぶつけられて落ち込むアキラちゃんの力になろうと、学ラン姿で登校することを選ぶヒメちゃんの力強さもすごい。おどおどと大人しいアキラちゃんに代わっていろんなひとにぶつかっていくのですが、このアンバランスな友情もだんだんと重要なテーマになってきていて、きっとこれからそのあたりが語られていくことになるのだろうと思います。

体格がしっかりしているアキラちゃんがなかなか普通の女の子扱いをされず、ほかの女の子たちが体力のいらない仕事をするなかひとり力仕事を任されて、ひとの見ていないところで泣き出す場面とか、私も身に覚えがありすぎて一緒になって泣きそうになってしまいました。

ほかの女の子への妬み

この漫画でいま読んだ範囲(この記事執筆時には25話まで)でいちばん強烈だと感じたシーンは、ヒメちゃんが学ランを脱いで、女子用の制服で登校する場面でした。

アキラちゃんが憧れている先輩がヒメちゃんを「かわいい」と褒めるのを見て、アキラちゃんはショックを受け、学ランを脱ぐだけで褒められて羨ましいと嫌味を言ってしまいます。他方でヒメちゃんはそういう扱いを好んでいない子なんですよね。このもやもやは、私も日常的に感じています。

知識として、男性から可愛い女の子扱いをされるのが苦手だという女性がいるのはよくわかっているし、周りにも実際にそういうひとがたくさんいます。でもどうしても、ただただ「女の子扱い」を求めて手間もお金もかけてひたすら努力して、それでもなおなかなかそこに到達できない身としては、どうしようもなく羨望と妬みを抱いてしまうんです。普通にいるだけで女性扱いされるなんて羨ましい、ずるい、私はこんなにがんばっているのに…、と。

これはもちろん、相手にぶつけるには不当な八つ当たりなんですよね。そんなことはよくわかっている、でもこの気持ちから逃れられない。もしかしたら、私にとって自分のトランス性の根幹にはこうした気持ちがあるのではないかと思えるくらいに、これは本当に拭い去りがたい気持ちです。(いつかこんな気持ちもなくなればいいのですが…)

けれど男性にそんなこと言われたくもないし、そもそもほかの誰でもなくアキラちゃんに恋をするヒメちゃんからすると、当のアキラちゃんにそんな嫉妬を向けられるのって、何重にも苦しいことですよね。

そういうもやもやを、『カノジョになりたい君と僕』は、目をそらさずに描いている。それがすごいと思います。

爽やかな青春の物語

こんなふうに書くとどろどろと疲れるお話に響くかもしれませんが、『カノジョになりたい君と僕』を覆っているのは、むしろ優しくて爽やかな空気です。登場人物たちはみな可愛らしく、互いを思いやり、いろんなどうしようもない気持ちを抱え込みつつも、どうにかともにやっていこうとがんばる。その様子が本当に微笑ましく、すごく青春の物語なんですよね。

アキラちゃんだけでなく、ヒメちゃんやそれ以外の人々も、自分自身のアイデンティティを形成していこうとする。その様子もまた、青春の物語という雰囲気を強めます。

面白く、爽やかで、そして切ない。おすすめの漫画です。続きも楽しみにしています。