ゆなの視点

30過ぎに戸籍の性別を女性に変更しました。そんな私の目から見た、いろんなことについてお話しできたらと思っています。

ゲーム紹介『one night, hot springs』、『last day of spring』

トランス女性が日常的に突きつけられる選択の追体験

npckcさん(Twitterアカウント: kc (@npckc) on Twitter)が制作したゲームです。下のリンク先からダウンロードをすることができて、無料で遊ぶこともできますが、npckcさんをサポートすることもできます。タイトルは英語ですが、日本語でも遊べます。
npckc - itch.io

このふたつのゲームは登場人物と舞台を共有していて、『last day of spring』が『one night, hot springs』の続編に当たります。どちらもハルちゃんという若いトランスの女の子が中心となっていて、ジャンルとしてはオーソドックスなノベルゲーム。プレイヤーは主人公に代わって、主人公が決断をすべき場面でいくつかの選択肢からひとつを選んでいくことになります。

ハルちゃんは温泉に入れるのか

『one night, one springs』の主人公はハルちゃん自身。ハルちゃんは仲のいい女友達の誕生日に、どうしても来てほしいと頼まれて一緒に温泉宿に来ています。そんなハルちゃんが過ごす一夜を、プレイヤーは体験することになります。

いきなり宿泊名簿に記入を求められ、名前と性別の欄にペンが止まるハルちゃん(戸籍の名前や性別は変更していない)の姿を突きつけられるといよいよゲームが始まります。温泉に誘われてどうするか、貸切のお風呂が満室だったら諦めるのかそれとも勇気を出して女風呂に入るのか。ハルちゃんが突きつけられる選択は、まさにトランスの女のひと、特に手術を受けていないそうしたひととして日々経験するような選択そのもので、それがゲームの選択肢として提示されることで、プレイヤーはトランスとして生きるということをシミュレートできるようになっているみたい。

ほんとに、手術も受けて戸籍も変えたいまだって、お風呂やトイレは悩みと決断の連続なんですよね。家族で温泉に行くというときにどうするかだとか、あとお風呂以外でもトイレはどうしたらいいのかというのも。

私はホルモン治療がだいぶん進むまで服装も男性服を着て、トイレも男性用を利用していましたが、だんだんとそれでも清掃のひとに「お姉さん、こっちじゃないよ!」と注意されるようになって、それでも女性用トイレは怖くて使えなくて、仕方ないから誰でもトイレを使うようにしていたものの、古い劇場なんかだとそんなものなかったりもして。その都度、「どうしよう?」と頭のなかにいくつか選択肢が浮かぶのですが、まさにその通りのことがゲームで展開されます。

ちなみに古い劇場で誰でもトイレがなかったときには、「勇気を出して女子トイレに」という選択肢と「スカートとかを履いているけど男子トイレに」という選択肢と「劇場の外でトイレを探す」という選択肢が浮かんで、最初のは怖いしふたつ目のは耐えられないしトラブルも招きかねないから、結局10分ほど歩いて最寄りの駅のトイレに行きました。

それはともかく、『one night, hot springs』は、そうした経験をしてきた身からしたらリアルで「あるある」な選択が次々と迫ってきて、ぜひいちどシスのかたにもプレイしてみていただいて、どんな感覚なのか経験してみてほしいと思いました。絵も可愛らしくて、ほのぼのしますし。

ちなみに私はゲームとはいえどうしても温泉に行ってみるという選択肢が怖くて選べず、けっきょく入れませんでした。でも温泉にも選択肢次第でちゃんと入れるみたいです。

ハルちゃんにスパをプレゼントしよう

続編の『last day of spring』の主人公は、一作目でハルちゃんと出会い、友達になったエリカちゃん。おとなしいハルちゃんと対照的に、さばさばした印象の女の子です。

前作では初めは私からするとけっこうずけずけとした物言いで印象が悪かったのですが、でも前作でもけっきょくエリカちゃんと友達になるというエンディングを迎えたので、個人的に思い入れは強いキャラクター。

ハルちゃんの誕生日が近づいていると知り、エリカちゃんは何かハルちゃんの喜ぶものをプレゼントしようと考えます。そこで思いついたのがスパ。プレイヤーはエリカちゃんとなって、スパの施設にトランスのひとの利用の可否を尋ねたりしながら、ハルちゃんの誕生日のお祝いを準備することになります。果たしてハルちゃんに素敵な誕生日を用意することはできるのでしょうか?

この続編は主人公がシス女性で、しかもハルちゃんと友達になって間もないひとだというのが鍵となっています。スパなんて、トランスの当事者からしたら(特に手術を受けていない場合は)いわゆる「見えている地雷」なので、たぶんまずもって候補にならないと思うんですよね。問い合わせるまでもなく。エリカちゃんはそのあたりがピンと来ていなくて、しかも思い立ったらぐいぐい行くタイプだから、そのまま突き進んでしまう。そんなエリカちゃんが思いがけず出くわす社会からの拒絶を前に、プレイヤーは「いったいどんなプレゼントならハルちゃんに贈ることができるのか」という悩みをシミュレートしていくことになります。

これはシス女性が主人公ということで、私からすると逆に「え、こんなことも気にせずに突き進むの?」と戸惑ったりもしました。でもそこでぶつかる壁は、まさに日々味わっていたもの。スパに行こうとしたことは私自身はないのですが(いまなら行けそうだし、今度行ってみようかな…)、これに似た経験は脱毛してもらえるところを探すときにしましたね。

脱毛って、少なからぬトランス女性にとっては切実な問題なんですよね。私もホルモン治療が20代後半からという成人後に移行したタイプの人間なので、どうしてもヒゲなどが生えてしまっていました。「そのままでも女性なんだ」という考えかたのひともいるとは思うのですが、私自身はどうしてもそんな自分の外見への嫌悪感が先立って、脱毛は生きていくうえで必須のものに思えました。

でも、安価な脱毛サロンって女性限定のところが多いんですよね。そうなると戸籍が男性のままでは申し込みにくい。それに「女性限定」のスペースってたいていの場合「シス女性ばかり」になりがちなので、トラブルが起きないか怖かったりもするんです。

で、高価な医療施設での脱毛だと男女問わずに受けれたりするのですが、今度は男性だと値段が高かったりして、そして当然のようにそちら側に振り分けられるんです。

そういえば移行がだいぶん進んでからVIOもお願いしたのですが、そのときは「男性専用院に予約してください」と言われたりしました。あれは本当につらくって、受付はどこを見ても男性だらけで、そこかしこに貼られている宣伝用の掲示も、女性の美容系のものではなく薄毛治療とかなんですよ。待合ではいつも隅っこに、ほかのひとに背を向けるようにして座っていました。で、施術を受けたのちにお化粧をしたくてパウダールームを借りたりするのですが、案内されるのは「ルーム」とは名ばかりの、部屋の隅っこでカーテンで仕切られ、鏡と椅子が置かれているだけの場所だったりして、脱毛はしたいのだけれどいくたびに心をナイフで削られるみたいで、毎回終わると体調を崩していました。

そんなふうにして、本来は女性なら受けられるはずのサービスをシス女性と同じように受けるというのが、とんでもなく難しいんですよね。『last day of spring』は、そんな難しさをエリカちゃんとともに体験できるゲームとなっていました。

どんなふうに生きているのかを知ってほしい

何よりこういったゲームがつくられて、何人ものひとにプレイされるようになったというのが、心の底から嬉しかったです。

先日の北村先生とのやりとりや、それに対していただいたリアクションを見ていても感じたのですが、トランスのひとたちがどんなふうな人生を送り、普段なにを経験し、どんな感情で、どのような決断をしているのかみたいなことが、当事者のひとりである私から見たら意外なほどに、シスのひとたちにはあんまり伝わっていなさそうなんですよね。あのときの記事の内容も、私はけっこう当たり前の、素朴なことばかり書いていたつもりだったのですが、「こんなふうに感じていたなんて知らなかった」といったリアクションをいくつもいただきました。そういうふうに知ろうとしてくれたことに感謝しつつ、私は私で「こんなふうに感じていると知らなかったなんて知らなかった」と驚いていたんです。そんななか、このふたつのゲームはまさにそれをシミュレーション的に感じさせる仕組みになっていて、トランスのひととシスのひとを橋渡しする素晴らしい作品だと感じました。

もちろん何度か言っていることですが、トランスの人々も一枚岩からは程遠く、ひとによって経験や感じかたもかなり違います。ですので、すべてのトランスの女のひとがこのゲームにあるような感じかたをしているわけでは、きっとありません。でもそのことさえ注意していただけたら、ある種のトランスのひとの人生に触れるとてもいいきっかけを与えてくれるゲームだと思います。